信州高山温泉郷 サイクルフェスティバル

理事長所信

 

理事長所信

 

                 (社)須坂青年会議所

                    理事長 青木 克行

 

理事長としての私(序章)

私は人とコミュニケーションをとることが不得手だ。人と目を合わせ会話することが苦手だ。中々テンションが上がらない。きっと周囲から見ると何を考えているかわからない奴だと思うだろう。カラオケの十八番もない。そんな人間が今年度理事長を務める。冒頭よりこんな始まりではきっと「この理事長大丈夫か」と思われると思う。しかしこれは事実であり自分自身受け入れなければならない「私」である。

そんな私が今年度理事長候補に推挙されお引き受けした。私の判断にてお受けした。そんな私も紛れもない「私」である。そこには当青年会議所の長として責務を果たし、陣頭指揮する決意を持った私がいる。そのときの心境は、青年会議所に「入会」したときのものに似ている。入会当時、自分に対する「理想」と「現実」のギャップにほとほと参っていた。少々大げさかも知れないが「絶望」という言葉が常に頭によぎっていた。通常ならそんな考えに陥ったら閉鎖的になるだろうと思うが、何故か私のとった行動は「おもて」に出る、そして「人と交わる」ことだった。それまで全く興味のなかった青年会義所の活動に参加してみた。そのとき当時のメンバーの方々に優しくまた友好的に受け入れていただいたように記憶している。その後様々な事業を企画、実践をし、スキルを身につけていくうちに「絶望」ではなく、自分自身をありのまま、客観的に受け入れることが出来てきた。

どうして理事長という責務をお引き受けしたか。理由はきっと言葉では言い表せないものではないかと思う。入会時も何故青年会議所活動に参加したのか理由を言葉にできない。えてここで言葉にするのであれば「縁[destiny]」或いは「摂理[providence]」であるような気がする。

このような「縁」を今回私に授けて下さった当会議所メンバー皆様に「心より感謝」を申し上げると共に、決意新たにこのご恩をお返しするお約束をする。

 

〜この序章はこの所信をご一読いただける方々への私の“名刺代わり“と受け取っていただきたい〜

 

青年会議所(JC)らしさ

よく「JC(あるいはJAYCEE)らしく」ということを周囲から言われ、また時には自らも口にする。「JCらしく」って何なのだろう。「JCってなんだ」「JCはどういうものでなければならないのか」よくそんなことを議論するが、私が思うに、JCという存在の解釈はその個々によって異なるものであると思う。JCを修練の場所と解釈する人もいれば、友好の場、地域貢献の場とえる人もいると思う。中にはそれら全てを併せてJCと解釈する人もいるだろう。結局JCというものはそれに携わっている人の中にあるものであるというのが大前提だ。メンバーそれぞれ自分の中のJCの存在を今一度確認していただきたい。

以上、論じてきたのは対内的な「JCらしさ」である。つまりJCの中にいる人の考えである。ではよく周囲から言われる「JCらしさ」、言い換えれば周囲からのJCへのイメージは一体何なのだろうか。これは我々の先輩が今まで培ってきた活動の形跡であり、苦労であり、汗である。今年で我々(社)須坂青年会議所は40周年を迎えることが出来た。この40周年という長き道のりに行ってきた行動が周囲のJCイメージなのである。後に触れるがその長き道のりの一区切りとして40周年記念事業を展開させていただく所存である。前述のイメージを培っていただいた先輩方々への感謝、また我々が生活させていただいているこの地域の方々に感謝の意を表したい。

 

New style of “JC”

「JCらしい」に関連して、別の観点で論じたい。JCに対して肯定的な意見ばかりではないことは重々承知している。きっとメンバー全員それは多かれ少なかれ感じていると思う。

我々はきっと周囲からあるべきスタイルを望まれている。「JCはこうあって欲しい」「JCに携わる人にはこうであってほしい」など。このようなイメージは時代によって変化してくるものであると思う。現在は個人思想尊重の時代である。その時代に即した行動をとるべきである。また経済、社会観念など時代背景も考慮に入れ行動すべきであると思う。ここに我々の行動と「ずれ」が生じると「批判」が生じる。「何を言われようと我が道を行く」という考えもあるが社会貢献を念頭に置いている我々にとっては客観的に改善すべきは改善するという姿勢が要求されると思う。

以下、私が思う今の時代に即していないので改善したいJCの姿について論じたい。所信にマイナス的なことを記述するのは勇気がいるが敢えて提言したい。

私はまず「体を壊すような無理は美徳ではない」と思う。飲酒過多、睡眠不足などは活動内で多々ある。これもコミュニケーション、修錬、友好の表現であるという考えはある。たまには良いと私も思う。コミュニケーションは本当に必要だと思っている。が敢えて健康を害してまでのコミュニケーションは必要最低限にしていこうと思う。私が絶対回避したいのは、ここで健康を害して、諸君の愛すべき家族を悲しませることだ。

会議の時間短縮も必要だ。だがどうしても必要な議論をおろそかにしてはならない。誤解しないで欲しい。会議の下準備をしっかりする。上程議案は事前に精査してくる。このような心構えで会議の時間短縮は可能だ。また議事進行のテクニックも必要だ。

次に「無駄な浪費はしない」ことだ。ここに言う「浪費」は金銭的、時間的、その他諸々だ。特に経営者の多いJCメンバーは戒めなければならない当然の事柄かと思う。現在の経済状況、また我々の置かれている立場、力量を鑑みて行動していこう。

まだまだ改善すべき点は多々あると思う。勇気を持って提言し、議論しようではないか。それが本当に時代に即していない、不適切なものか否か、中々判断出来ないような事象はあると思う。でもだからといって提言しなければ始まらない。

 

最重点事業、会員拡大〜志を同じうするもの相集い力を合わせ〜

現在(社)須坂青年会議所は深刻な会員減少に陥っている。このままであると30人代に突入する危惧がある。特に今後昭和46年生まれの会員が卒業すると更に会員数過小になり、個々への過度な負担という状況に陥り青年会議所活動はもとより、各自の仕事にも負担がかかり事態は深刻になる。今年度は40周年記念事業と併せ、最重点事業として会員拡大を行う。「数は力」である。これは紛れもない事実である。少数精鋭という言葉もあるが多数(・・)精鋭に越したことはない。会員拡大に関してまずは「JCを知ってもらう」ことである。我々の活動は色々ご意見をいただくが、間違いないのは「良かれと思ってやっている」ということである。Do the right thing である。

特別な会員拡大活動も有効だと思うが中々数年結果が伴わない。一部のメンバーが必死に活動しているのに対し、中々その他のメンバーの動きが伴わない場合が多かったように思う。今年は言葉で勧誘、説明するのではなく、実際に我々の事業に参加していただき、我々が何をやっているのか、どうしてやっているのかを肌で感じていただき、賛同していただいて同志となっていただきたいと思う。後に述べるが今年は特に40周年記念事業ということで外部発信の事業、市民の皆様に還元できる事業を展開していくのでより我々の活動の意義を理解していただけると思う。

 

40周年記念事業

前述したが今年度は40周年の節目である。40周年は当然我々だけでは迎えられるものではない。発足当初から現在までの歴代メンバー、つまり我々の先輩がいなければ現在はない。また先輩方々をはじめ我々も地域の方々のご厚意なくして活動は出来なかったことは自明の理である。周年事業とはまず「今までお世話になった方々への恩返しの一環」と思っている。特に地域の方々へ事業を通じお受けしたご厚意を還元させていただきたいと思う。地域の皆様に「笑顔」を提供出来ればそれで良い、そう思う。

その為、今年度行う事業の大半は全て外部発信、地域市民対象の事業とする。即ち公開事業とする。35周年時の後、歴代理事長により我々は各種の内部研修、調査研究を行ってきた。その成果をこの40周年に発信していきたいと思う。

また各市町村、須坂市、小布施町、高山村の「第4次総合計画」を基にした事業としたい。各行政との協働を視野に入れた事業でなければ賛同も得られないし効果も薄いと思う。

また視野を変えて考えてみると、40周年とは50周年へのスタートと位置付けられる。今後10年という中期スパンのビジョンを打ち出し、後のメンバーへ道しるべを残していくこと、また今後の(社)須坂青年会議所がどの方向へ向かっていくのかを外部の方々に示唆していく。

 

Sports-City構想

前述の40周年記念事業でも述べたが地域の皆様に「笑顔」を提供したい、そんな気持ちから市民の皆様がスポーツを通じてレクリエーショナルな生活を送れるような事業を展開していく。

また現在、部活動等で何らかのスポーツに関与している青少年は多い。そこで目標を持ってスポーツに取り組める、その目標となる大会を多く企画、開催していく。現在体育協会などの主催の大会はあるが、まち主体の大会となるとあまり存在しない。なるべく多くの大会を企画し、より多くの青少年の自己アピールの場を提供していく。また少しでも多くの方々が参加出来るよう、出来得る限り多岐に渡る種のスポーツの大会を企画運営していく。特に体育協会等で企画されていない種の競技に関する大会をフォローアップしていきたい。

このように我々が行政(教育機関)で着手していない種のスポーツに力を入れることでこのまちには多種に渡る競技大会が存在し、まさにスポーツシティと呼べるようなまちになるのではないか。

 

Medi-City構想

我がまちは医療(medical)機関も相対的にて恵まれていると思う。須坂市には数少ない県立病院の一つである「県立須坂病院」があり先端医療を受けることができる。また小布施町には「特定医療法人新生病院」がある。新生病院は長野県では数少ない「ホスピス(緩和ケア)」を有している。このような恵まれた環境の中、より地域と医療機関の繋がり、連携、交流が出来るような橋渡し役として活動していきたい。特にこれから少子高齢化時代が加速する。その中で医療と生活は切っても切れないものとなるであろう。出来れば予防出来るに越したことはない。そんなことを鑑みた活動を行いたい。例えば須高医師会および須坂病院で行っている「出前講座」を有効活用できるよう啓発、斡旋などを行っていきたいと思う。「出前講座」とは具体的に「肥満予防」「糖尿病予防」「エイズの正しい知識」「心の病」など各項目がある。これを企業、団体などに出前で講座していただける仕組みである。このような住民にメリットのある情報を皆に知らせていく、それが我々の使命と考える。またこの講座を受講してもらい、各病に関して皆の予防意識を高めていきMedi-city(医療健康都市)となることを目指していく。また出前講座以外の分野でも市民が知っていたほうが良い知識を習得出来るような活動をしていきたいと思う。

また最近少子化問題が益々深刻化してくると思う。特に出産する場、即ち産科が減少していることはに少子化に拍車がかかる危惧がある。また経済的、将来的なビジョンの問題から子供をもてないという家庭もある。このような市民の声を行政、または医療機関に伝えることも我々に課せられた責務かと思う。特に我々メンバーはまさに子育て世代だから。

 

Borderless社会にむけて

長野オリンピックを控えていた20世紀末、我がまちに高速道路が整備された。特に「須坂長野東インターチェンジ」また最近では「小布施スマートインターチェンジ」という地域外からのインターフェイスが出現した。このことは大都市圏をはじめ各地域から我々のまちまでの時間的距離を大幅に縮めた。結果我がまちの観光産業に関して非常にメリットのあるものになった。また観光産業関連の方々の努力をはじめ、それ以外にも須坂市のアカカンガルー「ハッチ」の広報、小布施町の「修景事業」などにより観光者の数が増えた。

このようにインターチェンジの開通は他地域とのボーダーを無くすことになり経済的にメリットを生じさせた。まさに今後は「borderless社会」となるのは必至である。観光以外にもこのborderlessによる経済効果を期待出来ないか、今年具体的に検討、研究していく。

我々だけではなく様々な方々と議論し、実践まで起こせるような協働活動をしていきたいと思う。borderlessということは、基本的に人が集まるということである。人が集まるということは即ち経済チャンスということに繋がる。具体的にはインターチェンジというインターフェイスを通じてこのまちに人が集まってもらえる何か「目玉」を創造していく。

borderlessは観光客という経済効果をもたらしたが、一方悪いものも連れて来た。それは「危険・治安悪化」である。大都市圏の犯罪も簡単に我がまちまで持って来られるようになってしまった。即ち我々は経済効果を模索すると同時に「地域の安全」も考えなければならない。安全が損なわれるなら高速道路は要らない、それは一つの考え方だが対費用効果、対利便性を考えたら高速道路はやはり必要だな、と私は思う。インターネット通信もADSLになり便利になったが、同時にウィルス感染の確率も高くなった。その為セキュリティソフトが必要になった。何かそれに似ているような気がする。

いずれにしても時代はborderlessである。この流れに順応出来る団体でありたい。

さてborderlessを他の分野でも考えてみる。

(社)須坂青年会議所で考えてみる。当会議所は須坂、小布施、高山3市町村で構成されている。ただ今の所、3市町村の間にやはりborderが存在するような気がする。同じ北信弁を話す仲間じゃないか。borderなんてとっぱらいたいものだ。更に言えば近隣の青年会議所ともborderを取り払おう。同じ北信で協働して我がまちを良くしよう、同じ事業を通じて共に行動できるような企画を検討してみる。特にスポンサーJCである(社)長野青年会議所は2009年、ASPAC大会を控えている。borderlessな関係を構築していきたい。

 

Cultural-city構想

昔我がまちは製糸産業などが栄え、経済的にもゆとりがあったこともあり、文化的財産が多い。また小布施町には葛飾北斎、高井鴻山の縁のものが連なる。このような文化色の深い我がまちで、地域の皆様にも色々な文化、教養、芸能に触れていただきたいと思う。そのため各種文化イベントを提供していきたいと思う。

また前述のSports-city構想でも記したが、部活動等で何らかの文化活動に関与している青少年も多いので、目標を持って文化活動に取り組める、その目標となる大会を多く企画、開催していく。これもなるべく多くの大会を企画し、より多くの青少年の自己アピールの場を提供していく。またスポーツ同様、出来得る限り多岐に渡る種のものを企画運営していく。

また工業に関しても我がまちには多数の優良企業があり、また行政も県営日滝原産業団地、インター須坂流通産業団地への企業誘致を積極的に進めている。また産学官連携も盛んである。また大企業だけでなく、中小、町工場も多い。

「ものづくり」に携わる人はまちの人口のかなりのウェイトを占めると思う。我々メンバー内でも「ものづくり」に従事している人は多い。(かく言う私もその一人)前にも述べたがこの地域は製糸業という工業を礎に発展してきたいわゆる「工業地域」である。百年以上続いたこの工業を最近の青少年に引き継いでいきたい気持ちがある。しかし最近の少年は「ものをつくる」という機会は中々ない。そんな状況の中、我々が機会とノウハウを提供し、ものづくりの楽しさ、不思議さ、大変さ、完成したときの喜びを感じていただける事業を展開したい。

 

企業経営力・人間力・指導力

今年度は人間力、指導力系の委員会は存在しない。社会開発系委員会である。今年度の人間力、指導力は、多くの外部事業を行い、それを企画し運営することでスキルアップしていただきたい。多くの人の笑顔を引き出せる事業を企画し、運営することは、即ち人間力、指導力である。

 

結び 〜メンバー全員にお願い〜

最後に。組織的な委員会運営、これを委員長中心として行っていただきたい。委員長が仕切り、委員長が段取り、委員長が行動する。そんな一人二人でやる事業なんて限度がある。「数は力」なり。多くの人の結集で行った事業は骨太の事業になる。委員長はどんどんメンバーに仕事を与えること、また逆にメンバーは委員長に仕事を貰いに行く程の意欲が欲しい。そういう活動の形態の中でお互いの信頼関係が生まれ、友情に繋がると私は信じている。青年会議所の中では、友情とはそのように構築していくのではないか、そう思う。

40周年という節目で前述の通り外部事業が多い。内容からすれば到底一人で裁ける内容ではない。分掌を決め組織的に行動して欲しい。いや「行動して欲しい」ではない。「行動しなきゃ出来ない」と思う。ちなみに自分の仕事場ではどうか、振り返っていただきたい。仕事を依頼するのであれば自分でやったほうが良い、人に任せられない、大変な仕事なので可哀想で与えられない、等。これでは骨太経営は出来ないのではないかと思う。かく言う私もこれが中々出来ず日々葛藤と反省の毎日である。JC活動を通じ修錬していく所存である。

また委員長は当然のこと、歴の長いメンバーまたは年上のメンバーに関しては、若いメンバー、歴の浅いメンバーにどんどん叱咤激励していただき緊張感のある委員会、JC活動としていただきたい。馴れ合いではなく厳しい所は厳しい、砕ける所は砕ける、そんな関係であれば良いと思う。

上記を達成出来たとき、きっと「今年のJCは面白かったな」「大変だったけど充実感があったな」「友情、繋がりが深くなったな」と思えるのではないか。そう思ってくれれば私も理事長冥利につき、来年の今頃ほっと肩の荷が降りるのだろう。

一年間よろしく。

 

 

2008年度

社団法人須坂青年会議所 スローガン

〜40年間の感謝と決意を発信〜

地域に開かれた 仲間(ひと)に開かれた

未来に開かれた活動をしよう